松崎有理『あがり』
北の街にある総合大学。研究室では、今日もそれぞれ異なる専門分野で成果を上げるために研究に取り組んでいる。昼となく夜となく遺伝子と向き合う者、期限を目の前に論文に取り組む者、あるいはそれを代書させる者・・・
第一回創元SF短編賞受賞作「あがり」を含むデビュー短編集。“SF”の受賞作ですから、そもそも僕が今まで読んできたものとはちょっと違うのです。
●「あがり」
心の師の死を機会に実験に没頭するイカル。遺伝子が限界まで増殖したとき、「あがり」現象は起こるのか・・・収録作の中ではもっともSFらしく感じました。予想していなかった展開に驚くのと同時に、状況が目に浮かぶようでおもしろかったです。きれいにまとまっているし、このあとも気になります。
●「ぼくの手のなかでしずかに」
友人の論文をもとに減食に乗り出した数学者。経過は順調。そのきっかけは、数学好きの女性と出会ったことだった・・・たしかにその通り、その通りかもしれないけれど、そうなってしまうのはちょっと悲しいなあ。驚きとかよりも切なさが残る結末でした。
●「代書屋ミクラの幸運」
「出すか出されるか法」の期限を前にした研究者の論文の代書に取り組むミクラ。狙うは論文掲載だが・・・「出すか出されるか法」が支配する学術界。この法律、ものすごい悪法のように見えます。ミクラのキャラクターを前面に押し出した作品。
●「不可能もなく裏切りもなく」
「出すか出されるか法」の期限を前に、共に第一執筆者とする論文の共同執筆に取り組んだふたり。だが、予期せぬ事態が・・・切羽詰まった時に起こる最悪の事態。もしかしたら、いちばん不思議なもの、わからないものって人間の心かもしれません。
●「へむ」
蛸足型のキャンパスをつなげる地下通路で小学校の夏休みに僕たちが出会ったのは・・・今までとちょっと毛色が異なる、心温まるようなお話。ただ、SFというよりもファンタジーという方がしっくりきます。
あまり読まないのでSFは詳しくないのですが、イメージとしてはかなりライト。「日常のSF」「日常の不思議」とでもいったところでしょうか。SFを使った青春小説のようでもあります。
カタカナと固有名詞を極力減らした文体が、とにかく特徴的。そして思いのほか心地よく、読みやすいものでした。代名詞ばかりでも、共通の登場人物がほとんどいないため、混乱はありません。
北の街の総合大学という、舞台のみを唯一といってもいいような共通点にした短編集。あまり縛りがないというメリットを活かしてシリーズ化してほしいです。
収録作:「あがり」「ぼくの手のなかでしずかに」「代書屋ミクラの幸運」「不可能もなく裏切りもなく」「へむ」
- 作者: 松崎有理
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2011/09/29
- メディア: 単行本
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