恩田陸『図書室の海』
表題作「図書室の海」を含む10編によるノンシリーズの短編集。ノンシリーズということで当然バラバラなのですが、中にはシリーズものの外伝的なものや、他の長編の予告編的なものもあって楽しめました。様々な形で恩田ワールドのエッセンスが満載といったところでしょうか。引き出しの数と深さに思わず感嘆。
●「春よ、こい」
卒業式で聞いた短歌。その話、以前にどこかでした気が・・・繰り返されるシーンに誘われて、時の迷宮にたどり着いたかのよう。
●「茶色の小壜」
事故現場で応急処置をする女性は、そつなく仕事をこなす同僚だったが・・・怖さこそあまり感じないのですが、ピリッと毒の効いた作品。
●「イサオ・オサリバンを捜して」
イサオ・オサリバンとはどんな人物だったのか・・・戦場に散った小さな英雄伝、かと思いきや予想もしなかった展開に。これがどうつながっていくのか、興味があります。
●「睡蓮」
「源氏物語を知っているか?」そう尋ねる兄とは本当の兄妹じゃない・・・幼き日の水野理瀬の物語。そうか、あの人なんですね。
●「ある映画の記憶」
思い出した映画の一場面。海にとり残された母に促され陸に向かうが、振り向くとそこに母はいない・・・アンソロジー『大密室』で既読。確かに密室ものですが、それよりも作品全体が持つ雰囲気が印象的。
●「ピクニックの準備」
高校生活最後のイベント「歩行祭」を明日に控え、準備をしながら考えること。貴子も融も、そして・・・全くの予告編。『夜のピクニック』を再読したくなります。
●「国境の南」
あの喫茶店の常連達は次々と亡くなっていった。誰もが彼女目当てに通っていたのだが・・・心に秘めていたものは何だったのか。なかなかの怖さと同時に謎を感じます。
●「オデュッセイア」
意思を持った大地ココロコ。そのすすむ先には何があるのか、どんな人がいるのか・・・ココロコの目線を通した人類と都市の変遷のような物語圧縮版。ぜひとも長編を読んでみたいけれど、短編のほうがいい題材かも。
●「図書室の海」
夏は卒業した先輩が借りた本を片っ端から探した。だが、どの読書カードにも先輩の名とともにもう一人の名が書かれていた・・・『六番目の小夜子』の番外編。冒頭の読書カードからずっとあの曲が頭を離れませんでした。
●「ノスタルジア」
集まった人々による告白。それは「最初の記憶」だった・・・恩田作品全般で感じる「懐かしさ」の固まりそのもの。これが原点というのも納得。
ホラーやファンタジー、ミステリ、SFなど幅広いジャンルをカバーした作品集。しかし、どれもがこれぞ恩田陸というような作品ばかりで、らしさがよく出ています。余韻を残すような終わり方をするものが多く、予告編あるいは番外編としての役割もキッチリ果たしています。恩田ファンには見逃せない1冊。
収録作:「春よ、こい」「茶色の小壜」「イサオ・オサリバンを捜して」「睡蓮」「ある映画の記憶」「ピクニックの準備」「国境の南」「オデュッセイア」「図書室の海」「ノスタルジア」
関連作:『麦の海に沈む果実』『黄昏の百合の骨』『夜のピクニック』
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