畑野智美『南部芸能事務所』

 友人に誘われて、「南部芸能事務所」のライブを見に行った新城。たった1回のライブではまってしまい、彼は芸人を目指すことに決め、コンビの相方を探すことに。候補に挙がったのは、事務所スタッフの溝口。事務所にはほかにも個性豊かな芸人たちがいて、いろいろなことを抱えている・・・

 思えば、畑野智美とお笑い、というのは過去の作品を読んだのイメージからは想像しにくい組み合わせでした。しかし、そんなことを忘れさせるほどに、この作品は天才畑野の世界で、他の誰にも書けない世界のようでした。やるなあ。
 ここに表現されているのは、ブームに乗り遅れた芸人たちの不安とも焦りとも投げ遣りとも言い難い感覚。決してトップグループを走ることはなく、いわば惰性のように淡々と過ごす若手芸人の姿です。こんな若者の感覚を表現することに、作者はかなり長けているのではないでしょうか。
 燻っていた若手芸人たちの心に再び火をつける役割を果したのが、まだデビューもしていない新城溝口のふたり。彼らの出会いから始まるこの作品集は、誰が語り手になろうとこのふたりが要所要所に登場し、心をかき乱していくのです。特にたった一公演見ただけで芸人を志したど素人新城の熱さは登場人物たちだけでなく読者を引きつけるものがありました。
 登場する芸人たちはみな、感情移入しやすい人物ばかり。それだけに、あの後どうなったのかが気になってしまいます。ナカノシマはどうなるのか、スパイラルは復活するのか、って。続編があるようなので、そこでフォローされていたら嬉しいなあ。


収録作:「コンビ」「ラブドール」「中間地点」「グレープフルーツジュース」「歯車」「クリスマスツリー」「サンパチ」

2013年8月24日読了 【9点】にほんブログ村 本ブログへ
南部芸能事務所

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