ジョー・ウォルトン『暗殺のハムレット ファージング2』

 名門ラーキン家の三女ヴァイオラは、ロンドンで女優として活躍している。彼女がつかんだ役は、男女を取り換えた「ハムレット」での主役、女ハムレット。しかも、来英するヒトラーが観劇予定だという。だが、ガートルード役だったローリア・ギルモアが爆弾によって死亡してしまった。その捜査に乗り出すのは、警部補カーマイケル・・・


 ナチスドイツと講和後の英国を舞台とした歴史改変もの《ファージング三部作》の第二弾。本当にスケールの大きな物語になってきました。
 今回もカーマイケルとヴァイオラの語りが交互に入る構成。そのどちらもがおもしろいのです。
ヴァイオラは抜擢された女ハムレット役に取り組むうちに、いつしかヒトラー暗殺計画に巻き込まれてしまいます。計画に関与しないで済むことを考えていたヴァイオラが、徐々に追い詰められて暗殺事件の中心に吸い寄せられていく緊迫感はたまりません。
 もちろん、冒頭でヴァイオラが語る内容から、どういうことになるのかはおおよそ見当がつきます。でも、そこに至るまでがおもしろいのです。


 一方カーマイケルは、ギルモアの事件を捜査するうちに暗殺計画に迫り、やがて皮肉なことにヒトラーや英首相に就任したノーマンビーを守る立場に。社会がどんどんファシズムに傾いていく中、『英雄たちの朝』で権力に屈してしまった彼が、スコットランドヤードの警察官として己の矜持を賭けて立ち向かうこの事件。前作ではあまりはっきりしていなかった彼の内面が、葛藤や心理的抵抗を経て鮮やかに色づけられたように見えます。彼がその正義を全うしようとする姿には惹かれるものがありました。


 本当の歴史を知る者としては、この歴史改変が物語に効果的に作用していることがよく理解できるのとともに、こういった形で事件が結末を迎えることが世界にとってよかったのか判断しにくい部分もあります。ただ、今となってはヴァイオラに幸福がめぐってくることを祈るばかりです。


関連作:『英雄たちの朝

2010年9月16日読了 【8点】にほんブログ村 本ブログへ
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