道尾秀介『鬼の跫音』
あの鈴虫に見られた出来事は? 度胸試しの結果は? 叶えられたたったひとつの願いとは? 日常と非日常の狭間に存在する、人間の狂気を描いた6つの物語・・・
道尾秀介さん初の短編集。第141回直木賞候補作。
●「鈴虫」
私と妻の杏子、そしてSは同級生。大学当時、杏子とSは付き合っていたが、あの鈴虫だけが知っている出来事で・・・冒頭から不穏な空気が流れる一編。鈴虫の使い方が巧みです。
●「犭(ケモノ)」
家族中唯一の出来そこないの僕。壊れた椅子に残された言葉から、それを作ったSという男の事件を調べだすが・・・暗号ものの一種というべきでしょうか。力強い誘導により、最後の衝撃が増強されています。
●「よいぎつね」
20年ほど前、度胸試しとして私たちのグループはSを中心に様々な悪事を繰り返してきた。「よい狐」の夜は私の番で・・・どこまでが現実で、どこまでが悪夢なのか、あるいはすべてがどちらかなのか。境界線が不鮮明な分だけ恐ろしく感じられます。非常に幻想的。
●「箱詰めの文字」
「二月前の泥棒は私です」深々と頭を下げる若者に差し出された貯金箱は見覚えのないもの。だがその中には・・・かなりミステリ色が強く打ち出された作品。真相の捻りがまた効いています。
●「冬の鬼」
正月、Sに教えてもらった神社へ行き、どんどやの火に達磨を投げ込んできた。私の願いは七日前に叶ったから・・・日記風ですが、順番を逆にすることで純愛の物語が狂気の物語へ変貌する様が見事。
●「悪意の顔」
毎日Sにいじめられる僕は、学校帰りに女の人と出会った。助けてくれるというその人は、僕の頭の上でキャンパスを振った・・・本当の真実はなんだったのか。すべてをうやむやにしてしまうような最後の一文が強烈なインパクトを残します。
読者を騙しても、読者を裏切らない短編集。ホラーのようなテイストを見せながら根幹はそこになく、あくまで読者を驚かせることに重きが置かれています。本当なら、ホラーを貫こうとすればもっと読者を怖がらせたりすることもできるのでしょうが、そこをやり過ぎないあたりのバランス感覚がいいです。好感が持てます。読後感も決して悪くありません。
すべての収録作に“S”という名の人物が登場します。すべての“S”は別の人物。道尾さんの“S”というと『向日葵の咲かない夏』の“S君”をすぐ想像してしまい、それだけでも『向日葵の咲かない夏』を既読なら不穏な空気を感じ取るところ。しかも、内容以前に装丁やフォントがそれを助長します。物語は本文だけではないことを再認識させてくれる一冊です。
収録作:「鈴虫」「犭(ケモノ)」「よいぎつね」「箱詰めの文字」「冬の鬼」「悪意の顔」
鬼の跫音 | |
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