近藤史恵『ヴァン・ショーをあなたに』

 「悪くない」。そんな名前を持つビストロ・パ・マル。従業員4人と規模は小さいが、フレンチ好きの常連が多く、味は確かな素敵な店だ。三舟シェフは無口だけれど、客が持つ悩みやちょっとした事件を、厨房にいながら名推理でたちまちに解いてしまうのだった・・・


 『タルト・タタンの夢』に続く「ビストロ・パ・マル」を舞台とした7編による短編集。
「錆びないスキレット
 手入れさえされていれば錆びないはずのスキレット。ところが、田上夫妻の場合はしっかり手入れしても・・・スキレットに秘められた悲劇。ちょっと歪んだ考え方が悲しみをさらに深いものにしています。煮干しの風呂敷包みを背負った猫ってかわいらしいですね。
「憂さばらしのピストゥ」
 ベジタリアンの女性客が話した他店のシェフの言葉。三舟シェフと志村さんは顔を見合わせた・・・『自由じゃない』と思っているうちは、自由にはなれない。すごくわかる気がします。プライドの持てる仕事をしたいものです。
「ブーランジュリーのメロンパン」
 オーナーの小倉さんが新たに持つパン屋。しかし、店をまかせられたふたりの間で意見がまとまらない・・・パンの好みって結構ありますよね。リーンなパンもリッチなパンもいいけれど、何よりも焼きたてのものがおいしいです。ミステリとしてはちょっと弱い感じ。
「マドモワゼル・ブイヤベースにご用心」
 いつもオーダーするから「マドモワゼル・ブイヤベース」。ひとりで来店するのが常の彼女が、その夜は二名で予約を入れていた・・・確かに図々しい。いや、それくらいでないと務まらないのかもしれませんが。動揺している三舟シェフがなんとも微笑ましい。
「氷姫」
 杏子が出ていった。リストカットを繰り返していた彼女は、自分のもとで落ちついていたように思えたのだが・・・氷という彼女が好きだったアイテムが効果的に使われた一編。報われない恋と氷の冷たさが悲しみを増幅させます。
「天空の泉」
 トリュフのオムレツが絶品だという話を思い出し、向かったレストラン。偶然出会った男に旅に出た理由を話すことになった・・・若い三舟シェフが青臭く、そして少しキザに見えます。これもフランスという土地柄なのでしょうか。
「ヴァン・ショーをあなたに」
 ルウルウと三舟と三人で行ったマルシェ・ド・ノエル。夢のようと評判のミリアムおばあちゃんのヴァン・ショーは赤ワインではなかった・・・家族の絆と思いを伝えることの大切さが描かれます。ヴァンショーを口にせずとも温かく、やさしい気持ちになります。


 前作以上にミステリ分は少なめ、むしろパ・マルや三舟の修業時代のちょっとした出来事を記したような作品集。ミステリに固執していないところがこのシリーズの良さを引き出している気がします。
 語り手を必ずしも高築に固定せず、後半三編はそれぞれ異なる人物が語り手を担当。特に「天空の泉」「ヴァン・ショーをあなたに」の二編は、三舟のフランス修業時代に舞台を移していて、今までとはかなり異なる雰囲気の作品に仕上がっています。
 いつもおいしそうなフレンチが山ほど出てくるこのシリーズ。読んでいて本当におなかがすいてしまいます。次の登場がいつなのか、楽しみです。


収録作:「錆びないスキレット」「憂さばらしのピストゥ」「ブーランジュリーのメロンパン」「マドモワゼル・ブイヤベースにご用心」「氷姫」「天空の泉」「ヴァン・ショーをあなたに」
関連作:『タルト・タタンの夢

2008年9月18日読了 【7点】にほんブログ村 本ブログへ
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