北村薫『空飛ぶ馬』
加茂教授の推薦で校内雑誌のインタビューに出ることになった《私》。その相手は大学の先輩にあたる噺家春桜亭円紫。彼は若くして師匠の名を継いだように才能に秀でただけでなく、人の話からたちまち謎の真相を導き出す名探偵でもあった・・・
12年ぶりの再読。何を隠そう春桜亭円紫師匠こそ、僕をミステリに引き込んだ名探偵です。
●「織部の霊」
子どもの頃、加茂教授は叔父の家で古田織部が腹を切る夢を繰り返し見たというが・・・初っ端から完成された世界。静かでやさしくやわらか。
●「砂糖合戦」
喫茶店に入ってきた少女たちは砂糖壷からスプーン7.8杯もの砂糖をカップに入れた・・・喫茶店での何気なく見える行動から明らかになっていく悪意がたまりません。
●「胡桃の中の鳥」
円紫さんから蔵王でのチケットをもらい、正ちゃんたちと観光した《私》。翌日、江美ちゃんの車の座席カバーがなくなった・・・どちらかといえば正ちゃん*1と江美ちゃんの顔見せの色彩が強い作品。カバーがなくなった理由よりも、その後どうなったのかが気になります。
●「赤頭巾」
歯医者で会ったほくろさんが言うには、日曜の夜には公園に赤頭巾が出るという・・・きっと《私》にとっては受け入れたくない真相。共感する人間の薄皮に包まれていた生々しい部分を見せられたとき、それでも同じ感情を抱き続けることができるのでしょうか。
●「空飛ぶ馬」
クリスマスに幼稚園に寄贈された木馬が消えていた? 戻されているがあの時は確かにいなかったのだ・・・なんともあたたかい気持ちにさせてくれます。悪意や毒もいいですが、「日常の謎」の王道はこういった作品ではないでしょうか。
ミステリにおいて「日常の謎」と呼ばれる1つのジャンルが形成されるきっかけとなった作品集。多くのフォロアーを生み出しました。
随分久しぶりに読んだのですが、以前に読んだときよりも、人間らしさや悪意をより強く感じました。悪意とか毒の部分は『盤上の敵』で強調されていた印象があったのですが、デビュー作でも記憶していた以上に強かったようです。記憶は美化されていきます。
また、連作短編集ではあるけれど、最後に世界観をひっくり返すような何かがあるわけではありません。ただ、そこには確実に各編を繋ぐものがあり、それが時の流れとか人の成長とか、あるいはちょっとした物事の進展で表されています。
全体に謎以外の部分に筆が費やされているように見えますが、そういう中にもミステリとして読み捨てられない部分があり、油断なりません。オススメ。
収録作:「織部の霊」「砂糖合戦」「胡桃の中の鳥」「赤頭巾」「空飛ぶ馬」
関連作:『夜の蝉』『秋の花』『六の宮の姫君』『朝霧』
空飛ぶ馬 | |
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*1:「まさちゃん」ではない、「しょうちゃん」だ