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北村薫『遠い唇』

遠い唇

遠い唇

 

 あのとき、私にとって姉のようだった先輩からの葉書に書かれていたのは、理解できない暗号だった。ただひたすら書きつづられていたアルファベットの羅列。先輩は私に何を伝えようとしていたのだろうか。今なら、わかるかもしれない。コーヒーの香りは、私の記憶を呼び起こした・・・・・・(「遠い唇」)

 ミステリを読む人を、おそらく「読みながら推理する人」と「推理しない人」に分けることができます。私は後者。たとえ「読者への挑戦状」が挿入されていても、振り返って推理するということはまずありません。物語そのものを楽しんでいるというべきか、はたまた推理することをハナっから諦めているというべきか。読み方は人それぞれ異なるでしょうから、読む作品の向き不向きも関係してくることでしょう。
 その意味では、私にとって北村作品は向いているのかもしれません。推理しない読者と、数少ないヒントと知り得ていた知識、そしてひらめきで真相へとたどり着く名探偵、そしてそこに文学の深さ美しさと物語の楽しさを盛り込んでくる作者ですから。

 さて今回の『遠い唇』もまた、はずれのない短編集です。特に印象的だったのは、表題作「遠い唇」、「解釈」、そして「ビスケット」でしょうか。
 「遠い唇」は過去をに思いを巡らせ、解けなかった暗号に再び挑む男の物語。その暗号の内容は、全編に漂うコーヒーのほろ苦さと相まってより切なく感じられます。
 「解釈」は「吾輩は猫である」「走れメロス」「蛇を踏む」の3作を、異星人の目を通して“解釈”したパロディ。あの名作も読者に前提とする知識がなければこんなことになるのかと、目からうろこが落ちるかのような思いです(別に目にうろこを入れていたわけではありません)。
 「ビスケット」はNHKで放送されたドラマ『探偵Xからの挑戦状!』の原作のひとつ。『冬のオペラ』の巫弓彦、姫宮あゆみが再登場し、相変わらずの「名」探偵ぶりを見せてくれます。『冬のオペラ』以後の彼らを知ることができるとともに、その時を経過してしまった名探偵にどこか哀愁を感じます。
 また、「続・二銭銅貨」はやはり元ネタ(すなわち江戸川乱歩二銭銅貨』)を読んでいたなら、より楽しめた気がします。

 総じて謎解きの楽しさを味わわせてくれる作品が並んだ短編集。またいつか巫弓彦が謎を解き明かす姿を書いてほしいものです。

収録作:「遠い唇」「しりとり」「解釈」「パトラッシュ」「続・二銭銅貨」「ゴースト」「ビスケット」
関連作:『冬のオペラ』

2016年12月10日読了 【9点】にほんブログ村 本ブログへ