道尾秀介『鏡の花』
幼き姉弟がバスに揺られて向かった先。そこはかつて父と母、そして姉が暮らしていた家。人手に渡った家には年老いた住人がいて、表札には「瀬下」と記されている。ここに来た理由、それは、どうしても内緒で調べたいことが章也にはあったからだ。とても大切な調べたいことが・・・
例えば叙述トリックの場合など、何も事前にこんな感想など読まずにすぐ本を読んでよ、と言いたくなるときがあります。本作も同じことを言いたくなります。叙述トリックではありませんが、まっさらな状態で読んだ方が絶対楽しめる小説だからです。
生と死の境界線というと、なんだかとてもスリリングな場面を想像してしまうけれど、本作はそこをほのかな灯火で照らすような物語です。
第一章から第六章まで、それぞれに少しだけずれた世界は、誰かがいることいないことによってその形を変えています。ある章で亡くなっていた人が次の章では生きていて、代わりに誰かが亡くなっている、という具合。どれが本当でどれが嘘か、どれが現実でどれが作り話か、ということでなく、すべてが現実。ただ、違いは誰がどこでどんな風に境界線を越えてしまったかということだけ。
章ごとに語り手を変え、光を当てる角度を変える物語は、さながら鏡の向こう側とこちら側の世界のよう。そっくりだけれど、左右が入れ替わったかのような世界。似て非なる世界。
それらは最後の第六章に向かって代わる代わる光を反射していきますが、第六章だけはほかと比べてほんの少し光の量が多く明るいように見えます。まるで、イチョウの木に光が集められたかのように。読んだ人にはわかる、あのイチョウの木に。
どの姿がいいとか悪いとかいうことではなく、誰かが亡くなるよりもみんな揃っているのがいちばんいい。あたりまえのことですが、今更ながらに気付かされます。どんなにいやなことがあっても、やっぱり生きているのがいちばんなのです。
- 作者: 道尾秀介
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2013/09/05
- メディア: 単行本
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