連城三紀彦『戻り川心中』

 色街で連続して起こった殺人事件。被害にあった男は、顔を砕かれた者ばかりだった。やがてその容疑者として噂されだしたのは、隣に住む代書屋の男。彼は、文字を書くことができない娘たちに代わって、田舎への手紙を代書していたのだ・・・(「藤の香」)

 昨年亡くなられた作者の代表作。訃報記事の多くで直木賞受賞作『恋文』よりもこちらの名前が挙げられていました。
 今回読んだのは、『戻り川心中』に『夕萩心中』所収の3作を加えたもの。これで「花葬」連作8作を網羅収録しています。
●「藤の香」
 色街で起こった顔を潰す連続殺人。犯人として疑われたのは、代書屋の男だったが・・・仕掛けが単純であるがために、もっとも不自然なく感じられる作品です。真実味があるとでも言うべきでしょうか。
●「菊の塵」
 怪我により寝たきりになった陸軍将校の自決。その死と妻の行動にはいくつかの疑問が・・・いろいろな部分で時代設定を巧みに活用した作品。時代によって変化するのは文化や道具だけではないということを改めて痛感。
●「桔梗の宿」
 警察学校を出て初めての殺人事件。色街で起きたそれは、いずれも死体の手には桔梗の花が握られていた・・・これもまた一途な悲恋。この形式を出してくるとは想像もしませんでした。やりきれなさが募ります。
●「桐の棺」
 「あの人を殺してくれ」貫田の兄貴に命じられるがままに、殺人を犯した。殺害した相手は・・・何故、あの人を殺すのか。その部分が見事なほどに逆説的。全体が物語のために寄与していて、無駄なところがありません。
●「白蓮の寺」
 母が誰かを刺し殺している。幼き頃のそんなわずかな記憶は確かなものなのか・・・わずかに残された記憶と証言から導き出される真実があまりに壮絶。
●「戻り川心中」
 心中を図った歌人はひとり死にきれず、元の場所に戻された。3日後に自死するまでの歌集は傑作で・・・有名な表題作。最後まで目が離せない作品であり、特に推理小説好きにとっては急所を突かれたような仕掛けで、思わず唸ってしまいます。
●「花緋文字」
 再会した義理の妹。今までの分も大切にしなければと思った矢先、彼女は私の友人と深い仲に・・・純愛か、あるいは復讐劇かという物語が思わぬ方向へ変容してしまう、その違和感の大きさが悲しさを際立たせます。まさに反転、その衝撃は収録作中最大のもの。
●「夕萩心中」
 幼き日、薄の原で会った男女は心中する大臣の妻と書生。話題になった心中だったが・・・たたみかけるように明らかになる真実が、話題の悲恋を全く異なるものに変えてしまいます。長編にもなりそうなこの物語を、長めの短編にしてしまうところが素晴らしいです。


 恋愛と推理の結合を目指したこの連作、舞台とした明治末期から昭和初期までという時代でなければ成立しないような作品集です。まさに傑作揃い。
 なんとも美しく、艶やかにそして情緒あふれる表現でひとつの世界が確立されています。連作とはいうものの共通の登場人物がいるわけでなく、舞台となった時代背景と花を使った物語、そして物語の仕組みに共通性があります。恋愛が成就しない悲恋だというのも、統一された世界を作り出しています。
 作品それぞれで明らかにされる真相は、読者が見せられていた世界をまさに反転させるもので、作者のこだわりのようなものも感じられます。読者としては小説世界に引きずり込まれることで表面を信じ込まされている部分があり、それ故に反転の効果は大きくなります。
 また、扱われる事件も誰がという部分よりも、むしろ何故殺害したのか、何故この方法なのかという部分を大きく取り上げ、人の心の奥底に潜む深い闇のようなもの、あるいは他人では理解できないような思いを明らかにしています。
 中でも印象深いのは後半の3作品。結末に明らかになる企みが印象深い「戻り川心中」(第34回日本推理作家協会賞受賞作、第83回直木賞候補作)、語り手の抱く思いの差異に驚愕した「花緋文字」、次々に明らかになる真実が情死の形を全く異なるものに見せる「夕萩心中」です。
 10作を予定していたとされるこの連作、「夕萩心中」の発表から30年、ついに残り2作が最後まで発表されなかったのは残念でなりません*1


 私が推理小説を意識して読みだしたのは、おそらく15年ほど前のこと。そのころなら連城さんの小説を書店で見つけることは簡単なことでした。もっとも、当時の私の関心は連城作品には向いていなかったのですが。今は書店でも文庫を数冊見つけられるくらいでしょうか。つくづく惜しいことをしたと思います。復刊が待たれる作品が、いくつもあるはずです。


収録作:「藤の香」「菊の塵」「桔梗の宿」「桐の棺」「白蓮の寺」「戻り川心中」「花緋文字」「夕萩心中」

2013年11月7日読了 【9点】にほんブログ村 本ブログへ

*1:2008年、『幻影城の時代 完全版』に「夜の自画像」が収録されていました。