北村薫『飲めば都』

 ある出版社に女性編集者がひとり入社した。彼女の名は小酒井都。本を愛し人を愛し、そして酒を愛する彼女には酒にまつわるエピソードが盛りだくさん。ある時は誤って上司に赤ワインをぶちまけ、またある時は原稿の入ったバッグをどこぞに置き忘れる・・・


 かつて北村作品でこれほどまでコミカルな女性が登場したでしょうか。くすりと笑わせていただきました。
 タイトルどおりいたるところに酒が登場し、都さんを失敗へと陥れていきます。酒にもいろいろあるわけですが、それが担当する作家さん相手でも友人相手でも同僚相手でも、楽しい失敗をしてくれるのは変わりません。それも、「ああ、こんなことあるある」と言いたくなるような失敗です。たとえ実際には当事者ではなくても苦い思い出になるような失敗も、彼女の失敗なら笑っておしまいになりそうな気がします。「よくやった」と言いたくなる気持ちもわかります。


 もちろん、おもしろおかしいだけではありません。どんな失敗であろうと、そこには北村さん特有の温かさ、優しさがあります。読む者を単純に笑わせるだけではなく、心から温かい気持ちにさせる物語です。そういう点で、北村さんらしい一冊ということができるでしょう。
 同時にこの物語はひとりの女性編集者の入社から恋愛、結婚までの過程を描く成長物語としての一面を持っています。かけだしの新入社員の頃から失敗し続ける彼女ですが、いつしか立派な編集者として活躍するようになるのです。その間には失敗だけでなく挫折もあるし、恋もあります。いい経験しているし、いい人にめぐり会っているなあと思わずにはいられません。
 読み進めていくと、物語の最終盤で酒は本に置き換えられます。それそれでひとつのエピソードにすぎないのですが、それを機会に最初から酒を本に置き換えると、少し違ったものが見えてきます。見えてきませんか? 『読めば都』って。

2011年10月23日読了 【8点】にほんブログ村 本ブログへ
飲めば都

飲めば都

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