ジョー・ウォルトン『英雄たちの朝 ファージング1』

 ナチスドイツと講和したイギリス。ルーシーは、その講和を主導したグループ〈ファージング・セット〉に属する貴族院議員の娘だが、大陸では迫害されているユダヤ人のカーンを夫とし、家庭内でも微妙な立場に。ファージングで開かれたパーティーの翌朝、有力な下院議員が死体で発見され、ふたりは窮地に陥った・・・


 歴史改変ものです。
 普段、翻訳ミステリはほとんど読まないのですが、それが読む気になった理由はこの設定にあります。ナチスドイツと講和したイギリス。そこで起きた殺人事件。しかも国を動かす権力者階級での出来事。おまけにこの世界が三冊も続くという。これは僕にとってあまりにも魅力的でした。
 実際、物語は期待を裏切ることなく綴られています。ルーシーとカーマイケル警部補の一人称の語りが交互に続き、一方は上流階級の中に居場所を失いつつある者の悲哀と反発を描き、他方はスコットランドヤードにおける差別や偏見を浮かび上がらせます。
 また、大陸はもちろんのことイギリスでも広まっているユダヤ人迫害の傾向とファシズムの足音を巧みに描き出していて、これはきっと後々まで続く重要なポイントになることは簡単に想像できます。


 物語は後半へ進むにつれ、事件の全容が明らかになっていきます。ミステリ的には多少物足りない部分もありますが、それよりも物語が作り出す重厚な世界と語り手たちが追い詰められていく緊迫感はなかなか得難いものでした。
 ルーシーとカーマイケルというふたりの語り手は、登場人物たちの中では常識人であるとともに好人物で、それだけに読者としても感情移入がしやすくしてくれます。同時にほかの登場人物は、〈ファージング・セット〉の面々を代表にしていずれも一癖も二癖もあるような嫌な人物が数多く揃っており、それもまた語り手への高感度を上げてくれます。
 異なる歴史と文化を持つ国を舞台とした歴史改変ものであり、それは読み出す前の不安でもあったのですが、全く問題なく楽しく読むことができました。続きが楽しみです。


2010年9月7日読了 【9点】にほんブログ村 本ブログへ

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