道尾秀介『光媒の花』
印章店を営む男は、認知症を患う母親と暮らしている。母親の絵に描かれていたものを見た彼は、遠い昔の出来事の記憶を呼び起こした。それは家族で別荘へ出かけたときのこと。三十年に一度咲くという笹の花が咲いたのだ・・・
第23回山本周五郎賞受賞作。章立てされてはいますが、登場人物を少しずつリンクさせながら続いていく短編集のよう。派手ではありませんが、心にスッと染みていくような作品です。
●「隠れ鬼」
認知症を患う母親を世話する男は、母の描く絵を見て幼いころの出来事を思いだす・・・三十年に一度咲く花に、美しさと不気味さを感じます。ミステリ的な技が効いています。
●「虫送り」
小学生の兄と妹は夜、河原へ虫を捕りに出かけた。対岸にも自分たちのように懐中電灯の光が見える・・・残酷というほかない話。幼い兄妹の兄弟愛をまったく打ち消すような仕打ちに憤慨するとともに、こちらにもやはり技のさえを感じます。
●「冬の蝶」
河原で暮らすホームレスの男は、かつて昆虫博士になることを夢見ていた・・・なにか薄幸を押し付けているようで、本当にやりきれません。サチの置かれた状況には予想どおりで少々残念。
●「春の蝶」
一人暮らしだった老紳士の家に娘が孫娘を連れて出戻った。孫娘は心に傷を負い耳が聞こえず・・・娘と孫を思う気持ちのあたたかさに心打たれるのと同時に、厳しい冬を耐えればいつか暖かい春がやってくるということのようで少しうれしくなります。
●「風媒花」
姉が入院した。駆けつけた病院には母がいたが、父の死以来母のことが許せず、久しく口をきいていない・・・これはお姉さんの一本勝ち。彼女が歌い続けた歌のさびしさと結末の明るさが対照的で、明るい未来を感じさせます。
●「遠い光」
復職した教師を悩ませるひとつの出来事。母親の結婚で姓が変わる少女が、地域で問題を起こしたのだ・・・少女が少しずつ教師に対して心を開いていくだけでなく、前半に登場した人物たちにも光が射しているのがいいですね。すべて読み終えたときの後味に満足できます。
真相の見せ方、あるいはそこへたどりつく過程に上手さを感じさせる作品。強烈などんでん返しやミスリードこそありませんが、作中に秘められていたこと、出来事の真相に登場人物が気づかされる瞬間は、少なからず驚きがあります。
後味の悪さと、優しさやあたたかさという相反するようなものが同居しながら、その構成によってひとつの味わいあふれる作品としてきれいにまとまっています。よかったなあ。
光媒の花 | |
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