吉田修一『初恋温泉』

 海辺の町に、人里離れた山奥に、大自然の中に、湯煙を上げる温泉。その温かさは、人々の心をほぐし、心の奥底に溜まった澱を洗い流してくれる。だからこそ、男も女もまた温泉という非日常へと足を運んでいくのだ。突然の別れを迎えようとしているふたりも、これからたくさんの時を刻むであろうふたりも・・・


 初めて読む吉田さんの作品は、温泉を舞台にした男女を描く短編集。どれもちょっと考えさせられてしまいます。
「初恋温泉」
 数店の居酒屋を経営する重田は、元同級生の彩子と結婚した。一番幸福な時間を見せたい。重田はそう考えていたが・・・これはなかなか難しい。結婚生活における本当の幸せというのは、いったい何でしょうか。幸せって、単純そうで本当に深い。「幸せなときだけをいくらつないでも、幸せとは限らないのよ」なんて。
「白雪温泉」
 雪深い温泉の離れに泊まったおしゃべりな夫婦。襖ひとつ隔てた隣はカップルだが、話し声はまったく聞こえない・・・隣のカップルが抱えていたひとつの事情。それとわかったときのやりとりが爽快でした。
「ためらいの湯」
 出張と嘘をつき、京都へ和美との不倫旅行にでかけた勇次。だが、妻からはどうでもいいような電話がかかってくる・・・これは女性のカンでしょうか。それとも何か調査をしたのでしょうか。もう一歩先まで読んですっきりさせたかった気がします。
「風来温泉」
 保険外交員の恭介は、妻の真知子を残してひとり温泉にやってきた。妻は先延ばししたがったのだが・・・これは家に帰るのが怖いなあ。いや、もしかしたら知っているのかも。最後に出てきたので衝撃は大きかったです。
「純情温泉」
 バイトで貯めたお金で、高校生の健二は真希を温泉旅行に誘った・・・なんとも初々しい。純情って言葉がピッタリですね。あの年頃だと男子より女子のほうが考え方が大人かな。いや、どんな年齢でもそれは同じか。父親のとった行動につい笑ってしまいました。


 温泉という非日常、そのいつもとは違う空間での心の動きが巧みに拾い上げられた作品集でした。
 ちょっと心に厳しいような作品が続く中、最後にあまーい「純情温泉」。この構成がうれしいです。お口直し、というわけではありませんが、この順番のおかげで気分よく読み終えることができました。もちろん、この作品も単純にあま−いだけではなく、しっかりと心の動きや男女の考え方の違いを浮き彫りにしたものですが。
 ちなみに、舞台となった温泉はいずれも素敵なところばかり。いやあ、温泉行きたいなあ。
 「初恋温泉」 熱海「蓬莱
 「白雪温泉」 青森「青荷温泉
 「ためらいの湯」 京都「祇園畑中
 「風来温泉」 那須二期倶楽部
 「純情温泉」 黒川「南城苑


収録作:「初恋温泉」「白雪温泉」「ためらいの湯」「風来温泉」「純情温泉」

2009年10月17日読了 【7点】にほんブログ村 本ブログへ
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