北村薫『元気でいてよ、R2-D2。』
買い物から帰宅し、買ってきたマスカットを出すと、話の流れで夫から「眼は大丈夫?」と聞かれた。別に問題はない。だが、仕事帰りに飲んでいるときに民子から言われた言葉は問題だった。夫には特定のファンがいる、と・・・(「マスカット・グリーン」)
直木賞受賞第一作ですが、正直なところ、ミステリにしてほしかったなあという思いは拭えません。
●「マスカット・グリーン」
夫には特定のファンがいるという。その言葉が頭から離れず、社員名簿をめくり始めた・・・気付かなければよかったのに。そう言いたくなる展開。でも、同じものを想像するあたりが夫婦なのかも。そして怖いのは女性の勘。
●「腹中の恐怖」
届けられた手紙。それは、亡くなった息子が書いた手紙を同封したという母親からのもの・・・ある意味もっともわかりやすい恐怖。想像はしたくありません。ただ、あらかじめ「まえがき」で断りを入れる必要はないのでは。いや、それも北村さんのやさしさか。女性なら感じ方もまた違うことでしょう。
●「微塵隠れのあっこちゃん」
デザイン事務所に勤めるあつ子は、仲介している代理店の担当者の対応に悩まされていた・・・手の届かぬ穏やかな日常、孤独、淋しさ、理不尽の行為あるいは疎外感。そういったものはきっと心に残ります。
●「三つ、惚れられ」
仕事の合間に後輩とお茶を入れる。見ると、マグカップにひびが入り、お茶が漏れていた・・・この落とし方は怖い。結果を想像させるひびはもちろんのこと、普段とのギャップがありすぎます。
●「よいしょ、よいしょ」
図書館の棚の上から懐かしい雑誌が出てきた。それは私が文学賞を受賞したときのもの・・・非常にいやぁな再会。声だけでなく、話が変わらないあたりがたまらなくブラック。
●「元気でいてよ、R2-D2。」
あのコーヒーメーカー、面白い格好してるでしょ。別れを前に話すあの人のこと、あの部屋のこと・・・怖さ、後味の悪さを感じる作品集の中で、特に淋しさが強く残った作品。取り返しのつかない結果というのはいつまでも心の奥底に残り続けます。
●「さりさりさり」
友人の結婚式とコンサートのため、姉夫婦の部屋に泊めてもらった。コンサートは中止になり、義兄とともに出掛けたのだが・・・姉の回答がなんとも印象的。分を弁えないヘビに例えられたのはやはり詩織?
●「ざくろ」
十二支が五回まわると、生まれた年と同じところにかえる。それを聞いたのは小学校に上がったころ・・・ずいぶんと幻想的な話。小学六年生というのは干支ひと回りということでいいのかな。本当に彼女は何歳なのでしょう。
全体にどこかしら怖さを感じますが、その中にもあたたかさや優しさがある気がしました。それが北村テイストなのかと思います。
印象が強いのはやはり「腹中の恐怖」。ただ「マスカット・グリーン」のまた違う怖さや、「元気でいてよ、R2-D2。」の淋しさも忘れがたいものでした。
収録作:「マスカット・グリーン」「腹中の恐怖」「微塵隠れのあっこちゃん」「三つ、惚れられ」「よいしょ、よいしょ」「元気でいてよ、R2-D2。」「さりさりさり」「ざくろ」
元気でいてよ、R2-D2。 | |
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