多島斗志之『黒百合』
父親の友人浅木さんに招待されて、六甲山の別荘でひと夏を過ごすことになった寺元進。浅木さんの息子一彦は同じ14歳で、たちまちふたりは意気投合した。やがてふたりは散歩の途中に出会った倉沢香という少女にひかれ、夏休みの大半を三人で過ごすことになる。昭和27年のこと・・・
いやはやこれは驚きの作品。読み返せば読み返すほど、その素晴らしさに驚嘆します。
昭和27年夏の三人の物語に、所々その家族たちの物語が戦前を舞台には挿入されます。例えば昭和10年にドイツを訪れた進と一彦の父親たちの話というように。もちろん、分量が多いのは昭和27年であって、14歳の淡く微笑ましい恋が繰り広げられていて、どこにもミステリらしさを感じさせません。
少年たちの淡い恋だけでなく、小芝翁たちが訪れたドイツでの出来事も、戦時下の倉沢日登美の恋も淡々とした筆致で描かれ、思わず引き込まれてしまいます。戦前、戦中のちょっとした影のようなものと、いわゆる上流階級の持つ華やかさのようなものがにじみ出るような文章です。そんなところにいろいろ仕掛けられているなんて、まるで想像できませんでした。
でも確かにこれはミステリ。忘れていた頃に、しっかりとそれを見せてくれます。まさに過去と現在を伏線とミスリードで結ぶミステリなのです。理解できるまで、何回でも読み返すのがいいかもしれません。思わぬところにある伏線と、人間の無意識に働きかけるようなミスリードです。自分が誘導されていたことに気がついたとき、きっと物語は新たな姿を見せてくれます。
この作品の紹介には「文芸とミステリの融合を果たした傑作長編」なんて表現も使われていますが、決して大袈裟な表現ではありません。また次の作品も楽しみです。
黒百合 | |
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