北村薫『鷺と雪』
昭和初期・東京。それは戦争への不穏な空気を感じられる時代。女子学院に通う英子は御付の女性運転手別宮とともに、身のまわりで起こる事件、不可解な出来事の謎を解決していくのだが・・・
シリーズ第3弾にして予告されていた完結編。
●「不在の父」
行方不明になったという滝沢子爵。英子は兄雅吉から子爵らしき人が浮浪者の中にいたと聞く・・・衝撃の結末が印象深い。謎として提示される脱出トリックにあまり意外性を感じないだけに、余計印象的でした。ラストの詩のそのまたラストの「騒擾ゆき」、行き着くところを予測できるだけになんともいえない気分にさせられます。
●「獅子と地下鉄」
受験勉強に勤しんでいたはずの少年が、深夜の上野で補導された。彼の日記には「ライオン」と・・・今も昔も東京のことを知らないだけに、少々ピンとこない面もありました。ただ、今も昔も変わらないのだなあと思うところも。親子の情も変わらないでいてほしいもののひとつです。
●「鷺と雪」
カメラを買った記念に撮った写真。そこには、日本にはいないはずの婚約者が写っていた・・・シリーズ最終作はドッペルゲンガーもの。犯人の割にはちょっと手が込みすぎている気もします。
雪の日は静かなもの、という印象があります。雪が降る様には「深々と」という形容詞がよく使われますが、この言葉こそが静けさを的確に表現しているように思います。
いつも文章から静けさを感じさせるのが北村さんの作品です。そのなかでも、静けさといちばん合うのがこのシリーズのような気がします。時代背景でしょうか。それともベッキーさんの凛とした強さのようなものがそう感じさせるのでしょうか。
否応なしに時代は進み、巻末では英子にとって厳しい現実が待ち受けています。
だがこれから自分は、この冷え冷えとした白い窓を、いつまでも生きた思い出として抱いて行くのだろうと予感した。
この一文になんとも言えない厳しさを感じました。
いつまでも読んでいたいようなシリーズですが、それもここで完結。英子はこれから激動の時代をどのように生き抜いていくのか、何をしていくのか。そして、時代の流れの前に無力を感じるベッキーさんは――。登場する誰もにその人らしく、強く生きてほしいと願わずにはいられません。
収録作:「不在の父」「獅子と地下鉄」「鷺と雪」
関連作:『街の灯』『玻璃の天』
- booklines.netさま(2009.10.06追加)
- マロンカフェ 〜のんびり読書〜さま(2010.01.21追加)
- 読書NOTE 〜読んだ本の記録ブログ〜さま(2010.03.23追加)
鷺と雪 | |
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