伊坂幸太郎『魔王』

 安藤は自分が特殊な能力を持っていることに気付いた。腹話術のように、思ったことを他人に話させる能力。ムッソリーニとの類似する野党の党首・犬養の登場に踊らされる大衆を見て、安藤は実験を始めた。腹話術はどれだけ使えるのか・・・「魔王」


 本の感想を書く中で、多くの方が絶賛している本を低く評価すること、あるいは高い評価を聞かないような本をおすすめすることに躊躇する場合があります。本当にそれでいいのか、誤読や読み飛ばしがあるのではないかと迷ってしまうのです。そう、流されそうになるのです。


 伊坂さんの『魔王』は、特殊な能力を持った兄弟の物語。思ったことを他人に話させることができる能力を持つ兄の物語「魔王」と、ジャンケンや競馬に勝ち続ける能力を持つ弟の物語「呼吸」という中編二作です。
 政治、あるいは憲法といったものを扱う作品ですので、そこに伊坂さん本人の主義主張が表れているのかもしれませんが、それよりも強いメッセージは「考えろ」ということではないかと思います。
 作中に繰り返される「考えろ考えろマクガイバー」という言葉。大衆に押し流されず、常に自分の考えを持つべく考えることの大切さ。そういったもののアピールではないのかと。
 さて、伊坂作品というとやはり巧妙な伏線があげられますが、今回はそういったものを極力排除したつくりになっています。これも作品の内容を意識したものなのでしょうか。その中で、「魔王」の最後の一言はなんとも印象的です。この中編でもっともドキリとさせられた一言かもしれません。この一言が結末のすべてを明示するという意味で非常に効果的です。
 また「呼吸」は、その結末が中途半端に思えるのが残念ですが、同じテーマを違った角度から書いたような作品。視点を安藤の弟潤也ではなく妻の詩織にしたことで、「魔王」とはがらりと異なる雰囲気で進みます。それだけに、こちらのほうが受け入れやすいかも。


 おそらく遠くない未来に読むであろう『モダンタイムス』。そのときには他人に流され迷うのではなく、考えに考え自分の言葉でここに感想を書きたいものです。洪水でも流されない、たった一本の木のように。


収録作:「魔王」「呼吸」

2008年11月4日読了 【8点】にほんブログ村 本ブログへ
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おすすめ平均 star
star長い長い予告編を読んだような感じ
star人は言葉に縛られている
star魔王より呼吸の方が好き
stars伊坂テイストの魅力
stars完全に伊坂ワールドにはまってしまった。

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