牧薩次『完全恋愛』

 他者にその存在さえ知られない罪を
 完全犯罪と呼ぶ
 では
 他者にその存在さえ知られない恋は
 完全恋愛と呼ばれるべきか?

 第一回みすてり大賞受賞作家である牧薩次さんが手がけた、孤高の画家柳楽糺画伯の評伝。これは彼の代表作になるであろう傑作です。
 などとまわりくどいことを言ってみました。本書はミステリファンならご存知かもしれませんが、ある大家が自身のシリーズキャラクター「牧薩次」名義で世に送り出した作品。
 終戦から現代にかけて、一人の画家の生涯を追う形で物語は進みます。そこには彼、柳楽糺こと本庄究が巡りあった一人の女性との恋愛、そして3つの殺人事件が描かれます。
 まず注目すべきは3つの殺人事件。1つ目の進駐軍将校殺しにおける、時代背景を生かした凶器の消失に驚かされます。また、巧みに張られた伏線も見逃せません。2つ目の遠隔地殺人、3つ目の同時出現殺人と、スケールの大きな殺人事件が重ねられている点も見逃せません。福島と沖縄という距離を越えた殺人も然るものながら、伏線と時代背景が効果的なアリバイ崩しも目を見張るものがあります。一筋縄ではいきません。
 この作品では究の柳楽糺としての業績とともに、究が恋した小仏朋音、その死後には娘や孫を遠く近く見守り続ける生涯が描かれます。ここがポイント。『完全恋愛』というタイトルに偽りはなく、人間の生涯というドラマの内で外で隠されていた愛情が、巧みに読者の前に姿を表す様は圧巻です。


 正直、今までこの大家の作品にはあまり関心がなく、本書も各所での評判を知らなければ手に取ることはなかったでしょう。同じような方にはぜひともオススメしたい1冊です。『完全恋愛』。これが年末のランキングで筆頭に掲げられても全く異存はありません。

2008年10月16日読了 【9点】にほんブログ村 本ブログへ
完全恋愛
完全恋愛牧薩次
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starミステリの大ベテランが裏名義で放つ完全恋愛推理。

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