桜庭一樹『荒野』

 恋愛小説家の父、若い家政婦との3人で北鎌倉に暮らす山之内荒野。中学校の入学式に向かう途中の電車で窮地に陥った荒野は、ひとりの少年に助けられた。その少年・悠也は荒野と同じクラスになったのだが、荒野の名を知るとなぜか冷たい視線をぶつけてきた・・・


 ファミ通文庫から出されていた『荒野の恋』第一部、第二部に新たに第三部を書き下ろした作品。
 ああ、これが現代の少女小説なのかなといった感じ。と同時に、これはやはりライトノベルではなく、一般文芸として世に出るべき作品のような気がしました。大人が読んでこそ、楽しめるのではないでしょうか。


 物語は、12歳から始まる荒野という少女の成長を描いています。義兄との関係や父の女性関係、あるいは学校生活など、荒野の中学一年から高校一年までのさまざまなことも描かれます。しかし、それらの出来事は荒野の成長を彩るためのものにすぎません。飾りなのです。ですからどのようなこともあまりしつこくなく、彼女の前を通り過ぎていくのです。
 また、序盤では義母や女性編集者が持つ大人の女の生々しさを嫌悪していた荒野が、成長するにつれ自身も大人の女らしさをもつようになるのもおもしろいかもしれません。まさに大人の階段を昇るのです。もちろん、それは荒野に限ったことではなく、友人たちも同じ。少しずつ大人の世界が見えてくるのがなんとも言えません。
 北鎌倉という環境のためなのか、全体に静かで落ち着いた雰囲気があります。それだけに、荒野の心の動きだとか、あるいは成長だとかが際立って見えるようです。また、この落ち着きはフワフワとした印象を持つ荒野とも合っています。
 物語の展開に特別な盛り上がりがあったりするわけではないので、やや物足りなさを感じることがあるかもしれません。しかし、幸せな読書の時間を過ごせたと思います。

2008年8月25日読了 【8点】にほんブログ村 本ブログへ
荒野
荒野桜庭一樹
文藝春秋 2008-05-28
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おすすめ平均 star
starみずみずしい。
star出版のタイミングとしては?
star少し幻想的な第三部
stars直木賞作品とのギャップが気になるところ
stars大人への入口、戸惑う少女達の物語

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