樋口有介『木野塚探偵事務所だ』
30年以上勤め上げた警視庁を定年退職した木野塚佐平氏。マーロウやアーチャーを崇拝する木野塚氏はこれを機に、念願の私立探偵事務所を開設したが、木野塚氏は警視庁時代経理畑一筋、一度も捜査などしたことがないのだった・・・
なんともユーモアあふれるハードボイルド? です。
格好から入るというのは何かを始めるときの一つの方法ではあるけれど、木野塚氏はその典型であり、ひたすらマーロウ*1やアーチャー*2の格好のいい部分から真似ようと。むろん、それが事件の依頼や解決に直結するわけではありませんが、時に飲めない酒を口にし、吸えないタバコを銜える木野塚氏。秘書の募集に美しく、グラマーな女性が応募してくるのを当然のことと待ち続ける木野塚氏。これでは「女の子にもてたいから」とスポーツを始める少年となんら変わりありません。その姿はかわいらしくもあり、哀れでもあります。
その木野塚氏と対比して書かれるのが秘書の梅谷桃世。そのボーイッシュな容姿は木野塚氏の理想とは合わないものの、秘書というより助手としてテキパキと捜査し、あっという間に事件を解決してしまいます。その姿はあちらこちらへと遠回りする木野塚氏とは対照的です。おまけにその素性も。桃世に対して所長としての威厳を保つべく、指導を試みようとする木野塚氏もまた滑稽です。
惜しむらくは、依頼された事件がいわゆる日常の謎の範囲を出なかったことでしょうか。金魚、犬、菊、猫と扱う事件もこれまたユーモラスですし、短編の長さがお似合いな探偵なのかもしれませんが。そのあたりは、続編の『木野塚佐平の挑戦だ』(初刊時『木野塚佐平の挑戦』)がカバーしてくれているようなので、楽しみにしています。
収録作:「名探偵誕生」「木野塚氏誘拐事件を解決する」「男はみんな恋をする」「菊花刺殺事件」「木野塚氏初恋の想い出に慟哭する」
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*1:フィリップ・マーロウ。レイモンド・チャンドラーの著作に登場する探偵。代表作『長いお別れ』『プレイバック』など。