乃南アサ『風紋』

 その日、学校での父母会に出かけた母はなかなか帰ってこなかった。ひとり帰りを待ち続けた真裕子だが、次に母と対面したのは霊安室だった。どうして母が殺されねばならなかったのか。誰が母を殺したのか。報道、捜査、裁判、人の目、噂、親族。事件にまつわる様々なものが家族を苦しめていく・・・


 たった一人の死、たった一つの事件。それがどれだけ多くの人々を苦しめるのか。加害者以外はすべて被害者になってしまうという、乃南さんの考え方がよく表されています。
 殺人という直接的な被害を受けた真裕子の母則子は当然ですが、真裕子たち家族、その親族だけではなく、加害者側の家族、親族たちも被害者の一人なのです。自分自身は何もしていないのに、加害者の家族としての責めを負わねばならない。これは被害以外の何物でもありません。
 事件そのものだけでなく、捜査や裁判も被害者たちを容赦なく傷つけていきます。それらは知りたくなかった真実、直接的な当事者でしか知りえなかった事実を白日の下に晒し、家族たちに突きつけるのです。マスコミはそれを広く世の中に伝え、隣人や知人の好奇心は噂という形で狭い地域のコミュニティーにくっきりと影を落としていきます。想像するのも躊躇いたくなる世界です。

 「私、裁判って――お母さんの為にやってくれるんだと思ってた。本当に」

 終盤にこの真裕子の一言がなんとも重たくのしかかってきます。裁判は罪を裁き、罪を犯した人間の処遇を決める場であり、被害者のために開廷するのではないという事実は、ややもすれば判官贔屓から真裕子の側に立って物事を考えがちな読者に強烈な一撃を見舞います。
 あと一年ほどのうちに裁判員制度がスタートします。もし裁判員としての務めを果たさねばならなくなったとき、自分は冷静に中立な立場で適切な判断ができるだろうか。そんなことまで考えてしまいました。


 続編として『晩鐘』が出版されています。『風紋』から7年後、事件の関係者はどうしているのか、真裕子は、大輔は。気になってなりません。

2008年3月13日読了 【9点】にほんブログ村 本ブログへ

風紋
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書評
おすすめ平均
stars人間の弱さ
stars加害者も被害者も悲劇・・・
stars重い内容ではあるが・・・
stars犯罪にまきこまれること
starsこれからの真裕子が心配・・・。
starsよかったよ
stars続きが読みたい!!
stars月日がたっても事件は解決なんかしない。
stars早く「晩鐘」が読みたい…!

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