アンソロジー『夏休み。』
夏休み。いい響きですね。僕がこの言葉から連想するのはお盆休みのことではなく、いまだに子どもの頃のあの幸福な季節だったりします。
本書はそんな季節の出来事を、6人の作家が切り取ったアンソロジーです。
●梨屋アリエ「夏の階段」
空き地に残された8段だけの階段。その一番上から見えたものは・・・なかなか一筋縄では行かない作品。要所要所で登場する階段の使い方が巧みですね。
●石崎洋司「Fragile―こわれもの」
数学とビー玉が好きな少女は、先生に勧められて夏休みに横浜にある数学の塾へ通いだす・・・ビー玉がなんとも涼しげで印象的。ただし、人物造詣がやや幼く感じられました。
●石井睦美「もう森へなんか行かない」
幼馴染の美穂の友達の茉莉さんとのデートをすっぽかされたときから、なんだか美穂の様子がおかしい・・・十代のなんとも言い難い、説明のつかない感情がもどかしげに表現されています。
●前川麻子「川に飛び込む」
母に勧められて、私は家出した友達と田舎の叔父さんの元へ出かけた・・・物語としてはともかく、ターゲットであろう年齢層から考えるとこんなこと書いていいのかと思ってしまうのです。みんなが手を出さないところへ直球がドスンと来た感じ。
●川島誠「一人称単数」
東京から海に近い神奈川へ引っ越した僕は、少なからずカルチャーショックを受けたのです・・・なんとなく、やりたいことはわからないでもないけれど、必ずしも成功しているとは思えない私小説。
●あさのあつこ「幻想夏」
ぼくは時々何かをめちゃめちゃにしてしまいたい衝動に駆られてしまう。あの時もそうだった。このまま幸せになっていいのだろうか・・・重く罪の意識を背負い続ける少年。いい話ではあるけれど、それ以上ではない感じ。
それぞれの作品がそれぞれのアプローチを試みていて、夏休みという統一されたテーマなのにその違いが興味深かったです。ただし、全体として夏を舞台としていても夏休みを扱っている印象が薄く、その点では期待はずれでした。6名とも初読だったので、その目新しさもおもしろかったですね。夏休みらしさという点で考えると、「夏の階段」がベスト。「もう森へなんか行かない」もよかったです。太陽の光が眩しく射し込む明るい季節なのに、暗いトーンの作品が多かったのが残念ですね。
収録作:梨屋アリエ「夏の階段」/石崎洋司「Fragile―こわれもの」/石井睦美「もう森へなんか行かない」/前川麻子「川に飛び込む」/川島誠「一人称単数」/あさのあつこ「幻想夏」
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