近藤史恵『桜姫』

 近藤史恵さんの『桜姫』を読了。
 歌舞伎をテーマとして扱う探偵・今泉文吾シリーズ、といっても今回は彼の活躍はかなり少なかったような・・・


 梨園の大御所市村朔二郎の愛人の娘であった小乃原笙子は、名子役だった兄・音也の病死後、父と養母に引き取られた。しかし、笙子は会ったことがない兄を絞め殺したという悪夢に苦しむようになった。ある日、笙子は大部屋役者による「桜姫東文章」に招待され観覧する。招待したのは主役の桜姫を演じる中村銀京。銀京は生前の音也の親友であり、音也が亡くなった日も一緒に遊んでいた。笙子は銀京とともに音也の死の謎に迫ろうとする・・・
 「伽羅先代萩」に出演していた子役が亡くなった。死因は風邪薬によるアレルギー。しかし、彼は喘息持ちであったため、風邪薬は飲まないようにきつく躾られていた。そして、死体が発見されたのは普段立ち入らない大道具部屋だった。彼の母親役だった瀬川菊花の指示で、弟子の小菊は友人である探偵・今泉文吾に調査を依頼する・・・


 笙子と小菊の一人称が交互に並ぶ章立てで、2つの謎を同時に追います。直接的には関連していない2つの謎。もともと、歌舞伎というものの世界が幻想的なイメージを秘めているように思うのですが、これに2つの謎を掛け合わせ、より幻想的かつ魅惑的な物語に仕立てている気がします。とくに笙子が全ての真実を知った直後のシーンは、物語そのものが霞が立ち込めているかのようなイメージでした。
 本作のテーマは自己の喪失でしょう。みずからのアイデンティティーを失うことにより、ある者は生命を失い、又ある者は過去を失い生き延びる・・・それらはともに親との関係の中で語られ、そしてこのシリーズらしく歌舞伎の演目との相似により更にクローズアップされています。


 真実は衝撃的で、そして切ないものです。おそらくは、知らずに済むなら知らない方がよかった真実。論理を越えた物語の世界に浸ることができる傑作です。


関連作:『二人道成寺

2005年3月10日読了 【8点】にほんブログ村 本ブログへ
桜姫 (文芸シリーズ)
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おすすめ平均 star
star引き込まれる展開なだけに・・・
starミステリーとしては安易な結末説明
star面白い、でも惜しい。

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